弓道の稽古で「狙いが後ろについている」と指摘された経験はありませんか。後ろ狙いとは、会の状態で矢が的の左側(射手から見て奥側)を向いている射癖のことです。私自身、28年の稽古のなかで後ろ狙いに悩む射手を数多く見てきましたが、原因を正しく特定できれば必ず改善できる射癖です。この記事では、後ろ狙いが起こる3つの主な原因と、それぞれに対応した直し方を解説します。
後ろ狙いとはどういう状態か
まず「後ろ狙い」の定義を正確に押さえましょう。弓道における正しい狙いとは、第三者が射手の真後ろに立ち、筈(はず)から矢先を通して見たときに、矢先が的の中心に一直線に向いている状態を指します。
後ろ狙いとは、この矢筋が的の中心よりも左側(的の後ろ側)を向いている状態です。射手本人は的の中心を狙っているつもりでも、実際の矢筋がずれていることが多いため、自分では気づきにくいのが厄介な点です。
後ろ狙いでも中ることがある理由
弓道では、矢は弓の構造上、的の右方向(前)に飛ぶ傾向があります。これは弓返り(ゆがえり)や角見(つのみ)の作用によるものです。後ろ狙いの射手は、この右方向への飛びを無意識に計算に入れて、狙いを後ろに補正しているケースがあります。
つまり、後ろ狙いでも的中が出る場合があるのです。しかし、これは射形の崩れを的中で覆い隠しているだけで、安定した的中にはつながりません。射形を正さない限り、調子の波が大きくなり、いずれ的中率は下がります。
後ろ狙いを放置するとどうなるか
後ろ狙いのまま稽古を続けると、以下の悪循環に陥ります。
- 矢所が左右に散りやすくなり、的中が安定しない
- 狙いのずれを離れで補おうとして、緩み離れやはじき離れの原因になる
- 審査では「狙いが正しくない」と判定され、射品の評価が下がる
- 高段位を目指すうえで、正しい狙いは避けて通れない基本要素になる
後ろ狙いの原因1:利き目のずれ
後ろ狙いの原因として最初に確認すべきなのが、利き目の問題です。弓道では右目を使って狙いを定めるのが基本ですが、実は左目が利き目の人は意外に多く存在します。
利き目が左目だと何が起こるか
右目が利き目の射手は、物見(ものみ)を定めたときに右目の視線と矢筋が自然に一致します。しかし、左目が利き目の場合、無意識に左目で狙いを定めてしまいます。左目は右目より数センチ左にあるため、同じ的を狙っていても矢筋が的の左側(後ろ)にずれてしまうのです。
教本では利き目について詳しく触れていませんが、私の指導経験では、後ろ狙いの射手の約3割は利き目の問題が主因でした。
利き目の確認方法
利き目の確認は簡単にできます。以下の手順で試してみてください。
- 両手で小さな三角形を作り、両目を開けたまま遠くの目標を三角形の中に入れる
- そのまま片目ずつ閉じる
- 目標がずれない方の目が利き目
利き目が左の場合の直し方
利き目が左目の場合、以下の練習を取り入れます。
- 右目優先の狙い定め:弓構えで物見を定めるとき、まず左目を閉じて右目だけで狙いを合わせます。矢先が的の中心を向いていることを確認したら、左目を開けて両目の状態に戻します。この手順を繰り返すことで、右目主導の狙いが身につきます。
- 物見の角度を微調整する:左目利きの射手は物見がやや浅くなる傾向があります。顎を引きすぎず、的に対して正対するように物見の深さを調整します。
後ろ狙いの原因2:緩み離れによる無意識の補正
後ろ狙いの原因として最も根深いのが、緩み離れとの複合です。弓道で早気と緩み離れは「誰にも直せない」と言われるほど克服が難しい射癖ですが、後ろ狙いと緩み離れは密接に関連しています。
緩み離れが後ろ狙いを生むメカニズム
緩み離れとは、離れの瞬間に馬手(めて・右手)が一瞬前方に戻ってから弦を放す動作です。この緩みがあると、矢は本来よりも右方向(前)に飛びます。
射手は的中を維持するために、無意識に狙いを左(後ろ)にずらして補正します。つまり、緩み離れ → 矢が前に飛ぶ → 狙いを後ろに補正 → 後ろ狙いが定着という悪循環が生まれるのです。
緩み離れから直すのが先
この場合、後ろ狙いだけを直そうとしても効果は薄いです。緩み離れそのものを改善しなければ、狙いを正しくした途端に矢が前に飛んでしまい、再び後ろ狙いに戻ってしまいます。
緩み離れの改善には以下のポイントが重要です。
- 会での伸合い(のびあい)を意識する:会に入ったら、弓手(ゆんで)は的方向へ、馬手は肘を背中側へ伸ばし続ける意識を持ちます。「引き続ける」のではなく「伸び続ける」感覚です。
- 馬手の肘のおさまりを確認する:引分けから会にかけて、馬手の肘が肩の延長線上よりもやや背中側におさまっているかを確認します。肘が前に浮いていると緩みの原因になります。
- 離れを出そうとしない:離れは「出す」ものではなく、伸合いの結果として「出る」ものです。会で馬手の指を開こうとする意識があると、その瞬間に緩みが生じます。
後ろ狙いの原因3:弓手の押し方と馬手のたぐり
3つ目の原因は、左右の手の使い方の問題です。弓手の押しが弱い場合や、馬手がたぐっている(手首が曲がって弦を引いている)場合、矢筋が的の後ろを向きやすくなります。
弓手の押しが弱いケース
会の状態で弓手が的方向にしっかり押せていないと、弓手側が負けてしまい、矢筋が後ろに振れます。特に以下の点を確認してください。
- 角見が効いているか:親指の付け根(角見)で弓の内竹側をしっかり押しているか確認します。角見が効いていないと弓手全体が力負けし、押しが弱くなります。
- 弓手の肩が抜けていないか:引分けで弓手の肩が前に出る(肩が抜ける)と、押す力が的方向に伝わりません。大三から引分けにかけて、弓手の肩を胴体に引きつけたまま押す感覚を養います。
馬手のたぐりがあるケース
馬手のたぐりとは、取懸け(とりかけ)の際に手首が屈曲し、弦を指で握り込むようにして引いてしまう癖です。たぐりがあると馬手側が引きすぎの状態になり、結果的に矢筋が後ろにずれます。
- 取懸けを見直す:中指で親指を押さえる力は必要最小限にします。手首をまっすぐに保ち、肘から先が一本の棒になるような感覚で引きます。
- 大三での形を確認する:大三の時点で馬手の手首が折れていないか、鏡や動画で確認します。大三で手首が曲がっていたら、引分けの途中で直すのは困難です。
後ろ狙いを直すための実践的な稽古法
原因が特定できたら、以下の稽古法を取り入れて改善を図りましょう。
巻藁稽古で矢筋を確認する
巻藁(まきわら)は1〜2m先に設置するため、狙いの精度を気にせず射形に集中できます。巻藁の前に立ったら、第三者に後ろから矢筋を見てもらい、矢先が真正面を向いているかを確認します。矢筋が左に向いていたら、利き目・緩み離れ・弓手の押しのいずれかを重点的にチェックします。
素引きで左右のバランスを整える
矢をつがえずに弓だけを引く素引き(すびき)は、弓手と馬手のバランスを体感するのに最適です。会の位置まで引いたら、弓手が的方向に押せているか、馬手の肘がしっかりおさまっているかを鏡で確認します。
指導者に後ろから見てもらう
射癖は自分では確認しにくいものです。私の稽古経験では、後ろ狙いの射手のほとんどが「自分では真っすぐ狙っている」と感じています。先輩や指導者に真後ろから見てもらい、矢筋のずれを客観的に確認してもらうことが最も確実な方法です。
後ろ狙いを直す際の注意点
後ろ狙いの矯正にはいくつかの注意点があります。焦って直そうとすると別の射癖が生まれることがあるため、以下の点を意識してください。
一度に複数の原因を直そうとしない
利き目の問題と緩み離れが同時に存在する場合でも、まず一つの原因に絞って改善するのが鉄則です。私の指導経験では、緩み離れがある場合はそちらを先に直し、離れが改善してから狙いの修正に取りかかる順番が最も効果的でした。
的中の一時的な低下を受け入れる
後ろ狙いを直すと、それまで後ろ狙いで的中していた分だけ一時的に的中率が下がります。これは正しい過程です。射形が整えば必ず的中は戻りますので、目先の的中にとらわれず射形の改善を優先してください。
焦りは禁物
後ろ狙いの矯正には、原因にもよりますが1〜3か月程度の期間を見込んでおくのが現実的です。特に緩み離れが原因の場合は、離れの改善だけで数か月かかることもあります。教本にある通り、弓道は「正射必中」の教えに基づく武道です。正しい射をすれば必ず中るという信念を持って、地道に取り組みましょう。
まとめ:後ろ狙いは原因の特定が改善の第一歩
後ろ狙いの主な原因は、利き目のずれ・緩み離れによる無意識の補正・弓手と馬手のバランス不良の3つです。まずは指導者に矢筋を確認してもらい、自分の後ろ狙いがどの原因から来ているのかを特定することが改善の第一歩です。
原因がわかれば、それに応じた稽古法で確実に改善できます。弓道は自分の射を客観的に見ることが難しい武道ですから、一人で悩まず、周囲の力を借りながら正しい狙いを身につけてください。
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